古代から現代までの主要な流れと転換点
血縁的に遠い皇族からの即位であり、男系継承の原則が意識される契機となる。
飛鳥・奈良時代には推古天皇を含め、計8人の女性天皇が即位した。
これ以降の皇統は北朝の血統であるが、南朝を正統とするのが通説である。
江戸時代初期、皇統の断絶に備え、皇族が当主を世襲する宮家が創設された。伏見宮家に加え、桂宮家や有栖川宮家がこれにあたる。
1710年、東山天皇の皇子を初代とし、新たな世襲親王家である閑院宮家が創設された。これにより四親王家(伏見・桂・有栖川・閑院)体制が確立した。
その子孫から近代11宮家が派生し、皇統のバックアップとなった。
1947年、GHQの指導のもと、11宮家51名が皇籍を離脱した。
安定的な皇位継承と皇族数の確保が議論されている。